細川昌彦 Masahiko Hosokawa

現在、中部大学 中部高等学術研究所 教授に就任しております。
大学とともに、グローバル企業、自治体などの顧問、アドバイザー、そして講演などもさせていただきながら、それを糧に転換期をむかえたこれからの地域、日本を考えていきたいと思います。

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  • 2017年04月25日 [ コラム ]

    「米国抜きTPP」への官邸決断の意味

    日本政府が米国抜きの環太平洋経済連携協定(TPP)へと舵を切った。政府内で異論がある中での官邸主導の決断だった。慎重論は2つの勢力から挙がっていた。

    1つは、米国の神経を逆なでしないかを気にする外交当局。そしてTPPでの譲歩を免れてホッとしている農業関係者である。

    伏線は2月の日米首脳会談にあった。共同声明で「日米二国間の枠組みの議論を行うこと」と「日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進すること」が併記された。これが、米国との二国間の協議に応じるとともに、米国抜きでのTPPを推進していくことへの布石となっている。日本の交渉関係者の知恵だろう。これで一応米国にも「仁義を切った」と言える。

    それでも依然政府内には慎重論が根強くあった。

    3月、チリでのTPP閣僚会合では日本は未だ慎重姿勢だった。他方、そこには中国がオブザーバーで参加していた。中国はアジア太平洋の市場でのルール作りで主導権を狙ったTPPに対して危機感を持っていた。その中国を主催国のチリが参加させたのだ。日本政府は唖然とした。チリは、TPPの本質が中国を睨んだ戦略であることを理解していないようだ。このまま参加国の足並みが乱れた状況を静観していれば、TPPは崩壊しかねない。そうすれば、「いずれ米国を迎え入れる」という日本の戦略も絵に描いた餅になる。

    危機感を抱いた官邸が動いた。

    「米国が参加したTPP」という空念仏をいくら唱えても意味がない。今は「TPPは過去のもの」と言っている米国だが、将来米国が入ってくる受け皿を作っておくことが大事だとの判断だ。

    米国抜きTPPを豪州、カナダなどが主張していることも大きい。日本の通商戦略のスタンスとして多角的に展開していくことが基本にある。特に豪州についてはトランプ政権とギクシャクしている中で、中国が豪州に秋波を送っていることは要注意だ。TPPの推進のパートナーとして豪州を繋ぎ止めておくことは、中長期的に見て、米国にとってもプラスになるはずだ。

    参加国の歩調を合わせるのは至難の業

    米国抜きTPPへ舵を切ったのは当を得ているが、これからの航路の波は高い。各国の思惑はバラバラだからだ。ペルーやチリは中国を引き込むことを主張。ベトナムは米国との自由貿易協定(FTA)を模索し、マレーシアは決めかねている、といった具合だ。これらの参加国をどう説得して歩調を合わせていくかは簡単ではない。中国の外からの揺さぶりもあるだろう。豪州などと連携して、硬軟織り交ぜた説得活動の知恵が必要になってくる。

    また現段階では米国抜きで11カ国の参加国だが、今後11カ国以外の国が参加できるようにしておくことも重要だ。

    他方、日米経済対話の方は、今後ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表の議会承認が得られれば、主戦場の貿易問題が動き出すだろう。来秋の米国中間選挙を睨んで、農業・畜産業界のロビーイングも激しくなり、議会からの圧力も増してくることが予想される。米国が日米経済対話で「短期で具体的成果を出す」ことにこだわる理由はそこにある。

    この日米経済対話での動きを考えれば、「TPP11」への動きも相当加速する必要がある。米国国内から「やはりTPPに戻る方が米国にとってもよい」との声が広がることが大事なのだ。

    TPP11の経済的な利益の試算も大事だが、もっと大事なのが中国を睨んで、アジア太平洋でのルール作りの主導権を巡る地政学的な価値、戦略的な意味だ。

    日米経済対話の共同プレスリリースに、日本側の働きかけで「第三国に関する懸念への対処」が盛り込まれた。これは非常に意味のあることだ。「第三国」がどこかを明示していなくても、中国を意図することは明らかである。

    国有企業への補助金、知財問題、電子商取引など米国企業も多くの深刻な問題に直面している。短期的な成果を追い求めるのもいいが、もっと大きな根本問題に向き合うべきだろう。こうしたことを踏まえて、TPPの持つ戦略的意味合いを、日米経済対話を通じて米国に理解されていくことが日本政府の最大の目標に違いない。

  • 2017年04月20日 [ コラム ]

    日米経済対話、「3本柱」に透けて見えるすれ違い

    今回、日米経済対話が無事キックオフされた。正確に言えば、キックオフされただけだ。

    日米経済対話の大枠を合意しただけで、具体的内容はこれからだ。

    日本としては早く日米経済対話を立ち上げて、トランプ政権のイレギュラーな対日批判をこの場に吸収したい。他方、米国側は政府高官人事も停滞して体制が整わないので、具体的な内容に突っ込めない。そこで急ぐ必要はない。

    そういう中で、今回何とか立ち上げに持ち込んだプロセスで米側の要求を受け入れざるを得なかった状況が見て取れる。

    今回の共同記者会見では双方の思惑,意図の違いが鮮明に表れた。それは、もともと2月の日米首脳会談で経済対話の妙案を日本側から持ち出した時からあった。


    第1のポイントは、経済対話の3本柱の順序が象徴している。

    交渉当事者は強弁するであろうが、「たかが順序、されど順序」だ。

    首脳会談時には3番目に位置付けられていた貿易問題が、今回は1番目に位置する。日本は貿易問題にだけ焦点が当たらないよう、広範な経済問題を扱うようにしたい。第1にマクロ経済、第2に分野別協力、そして貿易は3番目に敢えて置いた理由だ。ある意味、広範な対話に仕立て上げるために、知恵を出して3本柱にしたのが実情だ。

    恐らくこれは正しい判断だっただろう。しかし交渉は相手がある。

    米国は第3の貿易問題だけが関心事項である。事前折衝の結果、貿易問題が最優先事項となった。米国の本音を言えば、マクロ経済、分野別協力は「日本側がやりたければどうぞ」程度の位置づけだ。今後の具体的話し合いもそれぞれ財務相同士、経産省・商務省同士に委ねられるだろう。

    主戦場は今回第1になった貿易問題。米国側のプレーヤーはUSTRになる。そのUSTR代表予定のライトハイザー氏も議会承認待ちで未だ稼働していない。そこで米側としては今回については、彼が就任後、腕を振るえるようにさえしておけばよい。


    第2のポイントは、貿易のルールだけではなく、「課題」を付け加えたことだ。

    日本としては中国を念頭において、日米で質の高いルール作りで主導権を取ることが双方の利益になることを前面に出して、日米協力を進めていこうという戦略だ。プレスリリースにある「第3国に関する懸念への対処」とはそれを意味している。具体的には、中国の過剰生産への対処 、知的財産権問題、国有企業への補助金問題などだ。

    米側としては、「それもいいが、農産物など個別問題の交渉も大事」というポジションで、それらを飲み込んだ言葉として「課題」が挿入された。しかも当初「二国間枠組」という形でスタートしても、将来は「二国間協定」になっていく可能性をオープンにしている。


    第3のポイントは、「地域」と「二国間」の綱引きだ。

    日本は米国にもっとアジア太平洋という「地域」に目を向けさせようとしている。今回麻生副総理も随所に「地域」という言葉を強調している所以だ。日米が協力してアジア太平洋という一大成長市場をルール作りで主導しようとの呼びかけを米側にしているのだ。

    これはTPPの目的そのものである。米国にTPPの持つ意義を自ずから理解していくプロセスを埋め込んだと言えるだろう。

    しかしペンス副大統領は「TPPは過去のもの」と切って捨てて、「2国間で交渉する」と明言している。このギャップをどう埋めるか今後の大きな課題だ。

    そのためにも、米国抜きのTPPをできるだけ早く軌道に乗せることが不可欠だ。具体的に米国が参画しなければ、不利になる状況を作り出して、米国内からもそういう声が上がってくることが必要だ。観念論だけではアジア太平洋という地域に目を向けさせることはできない。


    第4のポイントは、「結果の平等」と「機会の平等」の綱引きだ。

    ルール重視の姿勢は、不公正を是正して競争条件を平等にすることが目的である。いわば「機会の平等」を目指すものだ。他方、今回もペンス副大統領は「バランスのとれた貿易関係」を目指すと言う。これは首脳会談の記者会見でトランプ大統領が発言した「互恵的」という言葉とも軌を一にする。以前指摘したように、貿易の「結果の平等」を重視する結果主義だ。それが貿易不均衡の是正要求の根底にあるのだ。今後の危険因子が見て取れる。

    貿易不均衡問題はあくまでもマクロ経済政策の結果であって、貿易政策で是正を目指すものではないことを今後どこまで説得できるかだ。

    なおその関連で、円安批判という為替問題がある。これは日米経済対話からは切り離して、あくまでも通貨マフィアの財務省同士の場でマネージしていくことが日米両当局者間の共通理解であろう。ただしトランプ大統領の発言だけが予測不能の波乱要因だ。



    勝負はUSTR代表就任後

    いずれにしても、主戦場の貿易問題はライトハイザーUSTR代表の議会承認後動き出すだろう。勝負はそれからだ。ペンス副大統領と麻生副総理は年に2度ほど進捗の報告を受けるシンボリックな存在で、実際の交渉をするわけではない。ロス商務長官もトランプ政権では重要な位置づけだが、商務省という役所の所掌の限界があって、貿易交渉全般を仕切るのは無理がある。ナバロ委員長は発言の声が大きくても実務には関与できない。勢いライトハイザー氏にかかってくる可能性が高い。

    トランプ政権内の政治力学が流動的な中で、彼は存在感を示すことに関心が向くだろう。またUSTRという組織はそもそも議会のために働く機関であることから、議会の意向が大きく影響する。来年秋の中間選挙を控えて、農業・畜産業界の議会への働きかけは勢いを増す。

    恐らくこの夏から来秋までの間が貿易問題の正念場になるだろう。

  • 2017年04月14日 [ コラム ]

    日米経済対話の焦点 (日経新聞「経済教室」(2017年4月14日掲載)

    ペンス米副大統領の訪日時に日米経済対話のキックオフが予定されている。2月の日米首脳会談を成功させるうえで、経済対話はトランプ大統領による批判を封じ込めるための知恵でもあった。

    これは日米経済関係をマネージするうえでの常とう手段で、過去にも類似の仕掛けがあった。クリントン政権下での包括経済協議、ブッシュ(子)政権下での次官級経済対話などだ(表参照)。個別の摩擦問題を暴発させないよう、共通するキーワードは個別ではなく包括、交渉ではなく対話、対立ではなく協力だ。

    筆者自身がかつてそのプロセスに関わった経験から今後の焦点を読み解きたい。

    まず日本としては対立でなく協力の構図とすることをめざすべきだ。議題には日米共通の利益を盛り込む。日本の伝統的な交渉スタンスだ。

    隠れた議題は中国だ。米国にとって中国は貿易赤字の約半分を占める最優先課題だ。米国が中国と日本を同列に並べて攻める構図ではなく、日本と米国が連携して対中問題に対処していく構図に持ち込みたい。鉄鋼など中国の過剰生産問題や知的財産・電子商取引などのルールづくりは重要なテーマになる。またサイバー空間や宇宙での協力も対中国を意識したものだ。

    他方、米国の関心は個別分野での「目にみえる実利」だ。特に農業・畜産分野は環太平洋経済連携協定(TPP)の成果を取り損ねて不満を持っている。来年の中間選挙を控えて議会共和党の支持母体でもあり、圧力を強めてこよう。

    自動車については、むしろ米国側の関税が問題で、本来日本が攻める分野だ。にもかかわらず「非関税障壁がある」と批判を繰り返している。これが筋違いなのは欧州車の進出をみれば明らかだ。現地生産拡大による雇用創出を引き出すためのいわばトランプ流の揺さぶり交渉術だろう。

    対話はあくまで双方向を確保すべきだ。過去を振り返っても日本は守り一辺倒になるきらいがある。しかし攻めがあってこそ交渉になる。国境税やバイ・アメリカン(米国製品の優先購入)など日本企業の活動に大きく影響を与える問題も取り上げるべきだ。

    なお、この関連で日米自由貿易協定(FTA)を受け入れるかどうかの議論がある。日本としては安全保障を依存する米国との2国間交渉はできれば避けたいが、このボールを米国から投げられれば、拒否する選択肢はない。

    むしろ2月の日米首脳会談で実質的には既に踏み出している。共同声明にある「枠組み」という漠然とした概念は「協定」とするのを避けるときに使う常とう手段だ。あくまでも「米国のTPP復帰を促す」との立場から、現時点では「枠組み」としている。

    「対話の目標」を共有できるかも鍵になる。そのポイントは「世界貿易機関(WTO)を補強する」ことだ。WTOを軽視するトランプ政権からみえてくるのは「1980年代の通商交渉手法」への回帰だ。特色は目的としての結果主義手段としての一方的措置――の2点だ。

    米国はこれまでも「公正な貿易」を主張してきた。この概念は曖昧だとの指摘もあるが、国際的には受け入れられてきており、それだけを指摘しても意味がない。

    問題は公正さを結果の平等で判断する結果主義にある。貿易の結果が釣り合うことを求めるものだ。危険なキーワードは「互恵的(レシプロカル)」「利益の均衡」だ。一見「ウィンウィン」と似ているが、実は似て非なるものだ。80年代には激しい貿易摩擦の中で、米国はこれらの言葉を振りかざして貿易不均衡の是正や市場開放を迫ってきた。

    次に、不公正を是正するための手段が一方的措置だ。通商法301条などを行使して「不公正さ」を米国が一方的に判断して制裁する。

    この「80年代の通商交渉手法」が95年のWTO発足で終焉(しゅうえん)を迎えた。しかしトランプ政権からは再び「互恵的」「均衡ある貿易」などかつての危険な言葉や、「米国の利益を損なうようなWTOの判断・裁定に従わない」との発言が相次いでいる。

    先週の米中首脳会談では貿易不均衡是正の100日計画の策定が合意された。80年代の日本の対応を思い起こさせる。米国は日本にも同様の要求をしてくる可能性がある。

    日本はどう向き合うべきか。まず中国の対応がどうであれ、結果主義は受け入れられないとの毅然とした対応が必要だ。そのうえでWTOへの不満に対して、機会の平等からWTOを補強することを考えるべきだ。

    例えば、補助金や国有企業に関するWTOルールの不備を強化していくことが、対中政策としていかに重要であるかを理解させるべきだ。またWTOを無視した一方的措置を許容すれば、一番危険な行動をとるのは中国であることにも気づかせるべきだろう。巨大な中国市場では、米国製品が制裁対象になるインパクトはかつてと決定的に違う。

    WTOへの不満を起点に、それを単なる「WTO以前への回帰」にはさせず、「WTOの補強」に向けていく。米国を保護主義で国際的に孤立させないために必要なのは、トランプ政権とかみ合った意見を交わす対話力だ。

    日米を超えたグローバルな視点も重要だ。まず「米国抜きTPP」も同時に進めていくことだ。米国へのけん制効果とともに、米国が将来TPPに戻ってくる誘因にもなる。

    オーストラリアが米国抜きTPPを提唱していることも重要だ。歴史的にも豪州は日本の通商戦略にとって対米・対中けん制のうえで重要な戦略的パートナーだった。80年代には欧州連合(EU)、北米自由貿易協定(NAFTA)の動きに危機感を共有してアジア太平洋経済協力会議(APEC)の創設で連携した。

    そして今、EU統合の揺らぎ、NAFTA再交渉など国際秩序は急速に流動化している。世界的な大変革期に必要なのは「自由貿易の有志連合」だ。日本は豪州と連携して積極的にけん引すべきだろう。

    欧州との連携も日米経済対話の地合いを良くするうえで重要だ。「WTOを補強する」流れをつくるため、有志連合のパートナーとして連携することだ。かつて一方的措置の禁止をWTOで実現したのも欧州との連携によるものだ。そのためには交渉が膠着している日欧経済連携協定(EPA)を政治決断で早期合意させるとともに、5月の先進国首脳会議(G7サミット)や7月の20カ国・地域(G20)首脳会議で欧州と連携することが欠かせない。

    3月のG20財務相・中央銀行総裁会議で「保護主義に対抗する」との文言を巡り米国と中国・欧州がせめぎ合った。そこで米国に遠慮して静観していては本気度を疑われる。

    次に米中関係も注視する必要がある。「日米関係は米中関係の従属変数」という側面も忘れてはならない。

    その際、日本は米中関係について、自分の都合のいいように対立した関係を思い描きがちだ。今後実利優先のトランプ大統領が中国としたたかな取引をする可能性もある。ある日突然、米中FTAが劇的に表明される可能性もないわけではない。かつて頭越しのニクソン大統領の訪中に慌てたことを思い出したい。そうならないためにも日米経済対話を早期に方向づけたい。

    日米経済対話に臨むにあたっては、こうした時間的、空間的な広がりを持つ複眼的視点が求められる。