細川昌彦 Masahiko Hosokawa

現在、中部大学 中部高等学術研究所 教授に就任しております。
大学とともに、グローバル企業、自治体などの顧問、アドバイザー、そして講演などもさせていただきながら、それを糧に転換期をむかえたこれからの地域、日本を考えていきたいと思います。

最新記事

  • 2017年11月14日 [ コラム ]

    TPP11は「仮想中国」との交渉だった!~そこに込められた対米、対中の思惑~(2017.11.14 日経ビジネスオンライン掲載)

    凍結項目は「日本の外交力を測るバロメーター」

    TPP11は最後の土壇場でカナダ首相の予定外の異議に合ったものの、何とか大筋合意にこぎつけた。これは日本外交、さらに言えば官邸主導外交の大きな成果だろう。

    今年に入ってトランプ政権のTPP離脱を受けて、一時はTPPが方向性を見失って漂流しかねない危機的状況であった。日本も外交当局は米国の反発を気にして、米国抜きTPPTPP11)には慎重であった。しかし4月になって官邸からの指示で米国抜きTPPに大きく舵を切ったのだ。

    それからは、劇的に潮目が変わった。日本は豪州など積極派と連携を取りながら、失いかけたTPPの求心力回復に奔走した。

    (その詳細については、4月25日の本稿「米国抜きTPP,官邸が慎重論を跳ね返した意味」や5月26日の本稿「米国抜きTPP11に隠された日本のしたたか戦略」で述べたとおりである。)

    参加国の意見には大きな隔たりがあった中で、日本が主導して多国間の合意に持ち込めたことは画期的である。しかも単に合意するだけでは意味がない。問題は「どれだけ凍結を免れたか」だ。

    これまでは米国という大市場の存在が参加各国を合意に向けて妥協する大きな誘因であった。米国が抜ければ当然、米国市場を前提に譲歩していた国々は凍結を要望する。凍結する項目が多ければ、TPPそのものが形骸化して意味のないものになってしまう。凍結項目をどこまで絞れるかが、まさに米国抜きでの日本の外交力を示すバロメーターである。時間との勝負の中で、当初60項目近くあったものが20項目に絞れ、しかも対中国戦略のうえでの目玉項目が凍結を避けられたのは日本の執念だろう。

    凍結交渉は「仮想中国」との交渉だった?!

    TPPの戦略的な意義は中国を念頭に置いたルールを盛り込んでいることにある。

    具体的には、国有企業の優遇やデジタル情報の自由な流通を規制することなどを禁止している。これらはいずれも中国に進出している企業が直面している深刻な問題である。

    例えば、中国では今年6月からインターネット安全法を施行して、外国企業に対して、サーバー設置の現地化を要求したり、国境を超えるデータの移転を規制したりする恐れもある。(この問題の懸念は11月12日の本稿「どうなる?トランプ訪日と日米FTA」でも触れている。)

    最近ベトナムはこれをコピーしたサイバー・セキュリティ法を策定して、現在国会で審議されている。ベトナムが今回、電子商取引の条項の凍結に拘った理由はそこにある。中国と同じく、社会主義国は治安当局が強いだけに、ベトナムの国家主席を説得しなければいけなかったようだ。

    国有企業の優遇も中国で外資系企業が直面している大きな問題である。このような優遇を禁止する条項を凍結することに拘っているのは同じく国有企業ペトロナスを有するマレーシアで、未だ積み残し案件になっている。

    このような動きはベトナム、マレーシアだけではない。東南アジア全体に広がっている。そこで中国流の国家資本主義がアジアに蔓延するのを阻止して、アジアでの自由で公平な企業活動を確保するうえで極めて重要なのだ。そういう意味では中国流の国家資本主義を牽制するための「仮想中国」との交渉ともいえる。

    アジア各国の参加拡大でTPPを大きく育てよ

    今後はタイ、インドネシア、フィリピンなど参加を希望している国々を取り込むことによってTPP11を拡大強化していくことが大事だ。これが今後の日本に期待される大事な役割なのだ。

    TPPの目的は、アジアの成長市場の活力を取り込むためにルールを整備することにある。タイ、インドネシアなどは市場規模も大きく、多くの日本企業は東南アジア諸国連合(アセアン)全体にわたってサプライチェーンを展開している。これらの国々が参加すれば、日本企業にとって経済的実利は大きい。米国企業にとっても同様で、将来の米国復帰の大きな誘因にもなるだろう。

    RCEPは「TPPの二軍」か?

    TPP11の大筋合意はRCEP〈東アジア地域包括的経済連携〉との関係も大きく影響する。

    RCEPは中国と日本の綱引きの場となっているが、年内合意を断念した。TPPに対抗してアセアン諸国を取り込むことに注力する中国にとって、中身は二の次だ。他方で、日本は知的財産権や電子商取引などのルールづくりという中身を充実させることを重視する。

    中国は、TPPを中国包囲網と捉えている。トランプ政権のTPP脱退を一番喜んでいるのは中国であったが、今回のTPP11の大筋合意を受けて、中国はRCEPでの巻き返しに一層力を入れよう。逆に日本はTPP11が大筋合意したことで、RCEPのルールの中身をTPPに少しでも近いレベルにまで質を高めることを目指すことができる。

    日本としてはTPPRCEPの間でルールのレベルの質的差をつけて、相手国の経済の発展段階に応じて使い分けていくのがよいだろう。相手国にはそうは言えないが、いわば一軍と二軍のようなものだ。

    RCEPの中には、インドやアセアンの一部の国のように、今はTPPのようなレベルの高いルールについてこられない国々もある。そうした国々に対しては日本がキャパシティービルディングといった制度整備の手助けを積極的に行うことが大事だ。

    その結果、二軍から一軍に引き上げられるメンバーを増せば、一軍を強化することにもなろう。

    米国の圧力に対する“防波堤”になるのか?

    最後に、対米戦略の視点で見てみよう。

    TPP11は単に一通過点に過ぎない。あくまでも最終ゴールは「米国が参加したTPP」である。だからこそ参加国は今回合意したのだ。

    しかし米国は他の国から言われて変わる国ではない。国内からの突き上げが必要だ。畜産業界、農業団体、製造業などは、TPP11によって米国が参加国との競争上、相対的に不利になるので黙ってはいない。

    来年秋には米国の中間選挙だ。来年に入れば、中間選挙に向けて、支持団体による議会への要求はドンドン高まっていくことが予想される。

    トランプ大統領は各国との二国間の貿易協定を強く求めて来るだろう。それは今回のベトナムでのトランプ演説でも改めて明らかになった。参加各国は米国から圧力をかけられても、TPP合意以上の譲歩はしないことで頑張り切ることが重要だ。多くの二国間交渉で多大の時間とエネルギーをかけるよりも、TPPに復帰して一挙に不利を解消する方が米国にとっても望ましいことは誰が見ても明らかだ。当然産業界からの圧力も次第に高まるだろう。

    そのためにも日本も日米経済対話においてぶれないスタンスと覚悟が必要だ。

    米国としては早期に相対的な不利を解消したいと考えるからだろうから、日本にとって交渉の地合いが良くなるのは事実だ。しかし米国はTPP11があろうとなかろうと、TPP以上の要求をしてくるだろう。TPP11が米国からの圧力の防波堤になるかどうかは、むしろ日本の覚悟の問題だ。TPP11の大筋合意を主導した日本の対応を参加各国は注視している。

  • 2017年11月05日 [ コラム ]

    「事実上開始の日米FTA ~トランプ訪日にどう臨むか~」

    産経新聞朝刊に掲載されました(2017年11月5日)

  • 2017年10月26日 [ コラム ]

    IRは『カジノをぼかすお化粧』なのか?

    カジノ解禁の大義名分は「IRの推進」?

    政府はカジノを解禁する大義名分を「IRの推進」に見出したようである。訪日観光客を惹きつける観光の切り札としてIR(統合型リゾート)を推進することとしている。IRとは、滞在型観光のためにカジノ、会議場、展示場、アミューズメント施設、ホテルなど滞在型観光のための集客施設が一体的に整備・運営されるものいう。海外ではラスベガス、マカオ、シンガポールが有名だ。

    そういうIRの魅力を高めるための目玉施設がカジノだ。日本も遅ればせながら、こういうIRを整備しようと、昨年末に「IR整備推進法(カジノ法)」を成立させ、来る国会にIR実施法案を提出しようとしている。そのための布石として、この7月には有識者による報告書も出された

    そこでは「IRの導入は単なるカジノ解禁だけでなく、日本型IRによって観光先進国を目指すものだ」と強調されている。日本の観光政策としてIRの導入を目指すこと自体には異論はない。

    IRを「カジノをぼかすお化粧」にするな

    カジノはそのための手段の一つであって、目的ではない。

    そしてもっと大事なことは、IRの「本丸」はMICE(国際会議・国際見本市など)であって、カジノではないということだ。主たるターゲットはビジネス客で、国際的な商談、知的交流で経済に貢献するからだ。そういう会議場、展示場などは儲からない非収益部門なので、カジノの収益がこれらを支えている。カジノはいわば兵糧を蓄えた「二の丸」か「三の丸」だ。それが「IRという城」の全体構造なのだ。

    それにも拘らず、先の報告書では本丸のMICEについては通り一遍触れているだけで、カジノ規制のあり方などカジノにばかり割かれている。これでは羊頭狗肉ではないだろうか。本音はカジノの導入にだけ関心があるのを、そこに焦点があたるのを避けるために、敢えてIRという「仮面」を被らせているのかと思いたくもなる。IRの導入が本気ならば、まず本丸のMICEの課題にこそ取り組むべきだろう。

    日本は東アジアでの国際会議、国際見本市開催の争奪戦の中で、シンガポール、韓国、中国などの後塵を拝している。そのことについては10年前にも拙著「メガリージョンの攻防」で指摘したところである。しかしその後、事態は改善するどころか、ますます深刻度は増して、日本は大きく後れを取っている。カジノ解禁はそれを挽回するためにプラスだろうが、それだけでこの劣勢を挽回できると思うのは甘い考えだ。もっと大事なことがあるのだ。

    本気の世界標準は10万平米

    まず国際見本市の獲得競争に伍していこうとするならば、世界標準の規模である10万平米クラスの展示会場が必要だ。

    見本市会場は行ってみればわかるが、どれだけ多くの出展者が出展しているかが勝負だ。そういう大規模な見本市にこそ観客は見に行く。また観客が多く集まるからこそ、企業も出展する価値がある。そこで商談につながる可能性が高いからだ。会場の施設は豪華である必要はない。規模が重要なので、10万平米が世界標準になっているのだ。

    ところが残念ながら日本には東京ビッグサイトぐらいしかなく、他の展示会場のほとんどは規模が中途半端だ。その結果、閑古鳥が鳴いているのが現実だ。

    本丸に配置すべき「プロ人材」がいない

    日本に欠けているのはハードだけではない。国際会議、国際見本市を誘致する「プロ人材」というソフトが決定的に不足している。

    国際会議、国際見本市を主催するのは国際機関、民間団体、業界団体、学術団体などだ。その中で開催地を決定するキーパーソンへの働きかけを効果的に行えているか、その誘致合戦で何をセールスポイントとして売り込むとよいか、などのノウハウがあって、ソフトが重要なビジネスなのだ。そして国際的な見本市を動かすのはそうした人たちの中の少数の“マフィア”ともいうべきプレーヤーたちだ。

    そうした“マフィア”の中で伍してやっていける人材が日本には決定的に欠けているのだ。こうした国際的な現実を知らない結果、日本では自治体出身OBによる「お役所仕事」か、海外を知っているというだけで商社マンOBに誘致活動を任せて満足している。これでは激しい国際的な争奪戦に勝てるわけがない。

    欧米では高度な教育システムがあり、アジアの競争相手はそれらを習得した人材を獲得している。最近、日本でも欧米のような観光経営の人材を養成しようといくつかの大学でコースがスタートしたが、そうした自前の養成を待っているだけでは間に合わない。海外から即戦力の人材獲得も必要だ。

    日本ではかつて国際会議の誘致を国家戦略として位置付けたのはいいが、国際会議観光都市として全国で52もの都市を認定した。いつもながらの平等主義のバラマキ行政だ。その反省も若干あって、2013年には「グローバルMICE都市」として7都市選定して支援している。

    東アジアという土俵の中で、戦う競争相手はシンガポール、釜山、上海、広州、香港などで、日本は明らかに後発国なのだ。それを考えると、日本の中で7都市でも明らかに多過ぎる。もっと「選択と集中」が必要だ。限られたプロ人材を獲得して、ごく少数の国際都市に集中配置しなければ、厳しい国際誘致競争には決して勝てない。こうした厳しい現実を直視すべきだ。

    まずMICE誘致の「三種の神器」をそろえよ

    かつて私はある国際会議を誘致しようした時、主催者から3つのポイントを指摘された。

    第1に、富裕層の顧客向けにどれだけスイートの部屋数を確保できるラグジュアリー・ホテルがあるか。単に「宿泊施設があればいい」としか思っていない自治体が如何に多いことか。富裕層という顧客をターゲットにしていることを忘れてはならない。

    第2に、国際空港から30分以内で、国際線の直行便はどれだけあるか。アクセスの便利さである。

    第3に、会議後、夜の時間を過ごす良質のエンターテイメントはあるか。欧米の富裕層はパートナー同伴が多い。ショーやコンサートなどの充実度が問われる。これが日本の多くの都市の課題なのだ。

    これらは国際会議・国際見本市を誘致する際、必ず主催者にチェックされる必要条件なのだ。いわば「三種の神器」と言える。そうした立地条件を備えた大都市に本丸の施設とプロ人材が配置されて初めて、海外の競争相手と戦う条件が整うのだ。

    カジノ解禁も結構だが、そうした条件が備わっていない都市に作っても意味がない。IRが単に「カジノをぼかすお化粧」になっていないか、その本気度を厳しくチェックすべきだろう。